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長崎地方裁判所 昭和35年(ワ)22号 判決

判  決

長崎県島原市大字中木場字新切乙九二一番地

原告

森下瑩子

右訴訟代理人弁護士

山中伊佐男

右同所

被告

松本ミヨシ

右訴訟代理人弁護士

岩永運平

右当事者間の昭和三五年(ワ)第二二号家屋明渡等請求事件につき、当裁判所は、つぎのとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、別紙目録記載の建物(但し目録記載の(イ)の建物中、階下東南部一〇畳一室を除く)を明渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、つぎのとおり述べた。

一  原告は、昭和一五年一月三日、父松田数雄、母シゲコの二女として生れたが、昭和二一年三月五日、養父亡森下光繁、養母亡ハツヨとの間に養子縁組が成立し、その養子となつた。

二  ところが、昭和三〇年九月二二日、養母亡ハツヨが死亡し、ついで昭和三三年一一月一八日養父亡光繁が死亡したので、原告は右亡光繁の遺産を相続した。

そして、別紙目録記載の建物(以下本件建物と略称する。)は右相続財産の一部であるので、原告は右相続により本件建物に対する所有権を取得した。

三  被告は、原告の養母亡ハツヨの妹で、その夫亡松本正が昭和一九年一〇月一〇日戦死したので、寡婦となつたが、右夫亡正との間に二男二女がある。

四  しかるに、被告は、亡光繁と自己との間に情交関係があり、亡光繁から本件建物の管理を委託されたと架空の事実をねつ造し、四子と共に本件建物(但し目録(イ)の建物中階下東南部の一室を除く)に居住し、これを不法に占有している。

五  よつて、原告は被告に対し、原告の本件建物に対する所有権に基いて、請求の趣旨記載のとおりその明渡を求める。

被告の弁抗に対し、「抗弁事実はすべて否認する。かりに、亡光繁と被告との間に被告主張の贈与契約がなされたとしても、それは書面によらない贈与であるから、原告は、昭和三六年五月一七日午前九時三〇分の本件口頭弁論において、その取消の意思表示をする。」と述べた。

立証(省略)

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、原告の主張に対し、つぎのとおり答えた。

一  原告の主張事実中、一、三の事実、原告の養父亡光繁が昭和三三年一一月一八日死亡したこと、被告が本件建物(但し(イ)の建物中階下東南部の一室を除く。)を占有していることは認めるが、その他は否認する。

二  抗弁

(一)  原告の養母ハツヨが、昭和三〇年九月二二日死亡したのち、養父亡光繁は、昭和三一年一一月一五日、被告と事実上の婚姻をし、夫婦生活を営むに至つた。しかし被告と同棲ごは、亡光繁、被告と原告との仲はとかく円満を欠いた。そして亡光繁はその死亡の前日頃(昭和三三年一一月一六日頃)、被告に対し、本件建物およびその敷地等を贈与する旨の意思表示をし、被告はこれを受諾した。したがつて、本件建物の所有権は右贈与により被告に移転したものというべく、原告の本件建物の所有権に基いてする本訴請求は、理由がない。

(二)  右に述べたとおり、被告は亡光繁の内縁の妻であるから、光繁の死亡ごも引続き本件建物に居住する権利を有する。しかも原告は、亡光繁の存命中、その養子縁組の解消を承諾し、亡光繁より現金一万円、笥一棹その他和洋服一式を受領し、実家に帰つている。それゆえ、原告は亡光繁の戸籍上の相続人たるに止まる。したがつて、被告は前記居住権に基き、原告の本件建物明渡請求を拒否し得るものというべく、原告の本訴請求は失当である。

立証(省略)

理由

一  原告の主張事実中、一、三の各事実および亡光繁が原告主張の日時死亡したことは当事者間に争いがなく、(証拠)によれば、原告が亡光繁の唯一人の養子であり、その遺産相続人であることは明らかであり、これに反する証拠はない。

二  原告は、本件建物は相続財産の一部であるから相続人たる原告が、相続によりその所有権を取得した旨主張し、被告は亡光繁からその死亡の前日頃贈与により取得した旨抗争する。しかしながら、被告主張のごとく、亡光繁が、その死亡の前日頃、被告に対し、本件建物およびその敷地等を贈与する旨の意思表示をしたことを確認するに足りる証拠はない。したがつて被告の右抗弁は失当である。

してみれば、原告は前認定のごとく亡光繁の遺産相続人として、相続開始当時亡光繁の所有していた本件建物(このことは当事者間に争いがない)を、昭和三三年一一月一八日、相続により承継取得したものと認めざるを得ない。

三  つぎに、被告が本件建物(但し目録記載(イ)の建物のうち階下東南部の一室を除く。)を占有していることは当事者間に争いがない。そして、(証拠)総合すれば、原告の養母ハツヨが昭和三〇年九月二二日死亡したのち、養父亡光繁は、昭和三一年一一月一五日、右ハツヨの妹である被告と本件建物において近親者数名同席のうえ結婚式を挙げ、爾来同所において夫婦生活を営んで来たが、その届出をなすに至らなかつたことが認められ、(中略)これを左右するに足りる証拠はない。

してみれば、被告と光繁との間には昭和三一年一一月一五日以降光繁死亡迄いわゆる内縁の夫婦関係が成立し、被告は、亡光繁の死亡ごはいわゆる内縁の寡婦として本件建物に居住しているものというべきである。

四  そこで進んで、被告が原告に対し、その内縁の寡婦として有する本件建物居住権を援用して、その相続人たる原告の本件建物(但し目録記載(イ)の建物中、前記一室を除く)明渡請求を拒み得るか否かを検討する。

いわゆる内縁は、男女が相協力して夫婦としての生活を営む結合体であり、社会的に承認された夫婦共同生活体である点においては、法律婚と異るものではなく、これを準婚的法律関係として理解し得る。もとより夫婦の結合としての準婚関係は、その当事者たる配偶者の一方の死亡により終了すべきものである。しかし、配偶者の一方の死亡ごといえども、なお、それまでに夫婦相協力して形成された準婚的共同生活体については、生存配偶者が右配偶者の死亡という事実の変化以外は従前と同様の生活関係を維持せんと欲する場合、右生活関係を保護するために必要な範囲で、その法律関係の存続を認むべきであり、このことは社会生活の秩序維持とその基礎たる夫婦共同生活体の保護を理念とする法の目的にそうものと解しなくてはならない。なぜならば、内縁当事者の積極的な内縁解消によるものでない自然的偶発的な事情によつて、一挙にそれまでに形成された準婚的共同生活体を崩壊させることが合理的であるとはにわかに首肯しがたく、かえつてこれに対する一定の法的規制ないし保護の存続が当然考慮さるべきであるからである。すなわち、内縁から生ずる準親族間の共助の精神は依然として尊重さるべく、また生存配偶者の居住権は内縁の夫婦の共同の居住権同様やはり保護されなくてはならない。

したがつて、内縁の夫婦の共同生活の本拠であつた家屋が内縁の夫の所有であつたとき、夫の死亡ごにおいても、内縁の寡婦は引続きその家屋に居住する権利を有し、その家屋の相続人は、内縁の妻として残存配偶者の地位を尊重し、準親族間の共助の精神をもつて内縁の寡婦の居住の利益を保護すべき立場にあるというべきである。してみれば、その家屋の相続人は、内縁の寡婦がその生活の本拠たる家屋に継続居住する権利を、内縁の夫死亡ごにおいても、やはり承認しなくてはならない。もつとも、内縁の寡婦において自ら準婚的共同生活体から離脱し、その家屋の居住権を放棄した場合、あるいは居住権の乱用と目すべき特段の事情の存する場合等は、相続人の生存配偶者に対する明渡請求が是認されて然るべきであろう。しかし、家屋の相続人が、従前の生活関係を維持し、引続きこれに居住せんとする内縁の寡婦に対して、生存配偶者の内縁の妻であつた事実を全く無視し、また準親族間の共助の精神を忘却して、これを不法占有者と目し、直ちにその家屋所有権に基いてその明渡を迫るがごときは、内縁の寡婦たるが故に準婚的共同生活体の一員としてその家屋につき有する居住権を故なく不当に侵害するものにほかならないから、もとより許されないところと断じなくてはならない。

そこで、本件を右観点から考察する。本訴において、原告が本件建物の相続人として有する所有権に基き、被告の内縁の寡婦たることを否認し、被告を不法占有者と目し、被告に対し直ちに明渡すべきことを求めていることは弁論の全趣旨に照らし、明らかである。しかし、前認定のごとく、被告が原告の亡養父光繁のいわゆる内縁の妻であつたことは明らかである。そして右認定に供した証拠を総合すれば、亡光繁は生前被告に対して死後の本件建物の管理等を期待しており、被告も準婚的共同生活体の残存構成員として本件建物に居住し、従前同様の生活関係の維持を欲しており、被告において本件家屋に引続き居住する必要性の現存することが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。してみれば、被告の内縁の寡婦たることを無視し、内縁の寡婦たるが故に相続人の家屋につき認めらるべき居住権を全く否定する原告の本件建物(但し目録記載(イ)の建物中前記一室を除く)明渡請求は、さきに判示した理由に依つて、失当であると断ずべきものである。

すなわち、被告は原告に対し、いわゆる内縁の寡婦として本件建物につき有する居住権を援用して、原告のその明渡請求を拒み得るものというべく、この点に関する被告の主張は理由がある。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は、その他の判断をするまでもなく、失当としてこれを棄却すべきである。そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

長崎地方裁判所第二民事部

裁判長裁判官 高 次 三 吉

裁判官 粕 谷 俊 治

裁判官 谷 水  央

目録(省略)

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